
【日本国憲法】この憲法が制定された当時は独立国ではありません。「連合国占領統治領日本」です。つまり戦後政治は、日本国憲法という名の「占領統治服務規程」の枠内にある[H28/3/13]
1: 6564億円◆o8vqQW81IE 投稿日:2016/03/13(日)00:11:29
日本国憲法は、不道徳な憲法である、ということです。
そしてそのような不道徳を、いつまでも容認しているようでは、現代日本人は歴史に恥を晒していることになります。
おそらく後の世には、日本でも世界でも、日本が日本史上、もっとも程度の低くなった最低の時代として現代日本は認識されるのではないかと思います。
それくらい、日本国憲法は、むごいものです。それもあたりまえのことです。
そもそも日本国憲法は、憲法ではありません。
名称こそ日本国憲法となっていますが、この憲法が制定された当時の日本は、独立国としての日本国ではありません。「連合国占領統治領日本」です。
軍事占領下にあったのですから、当時の日本に、独立した国家としての主権も、独自の意思決定力もありません。
つまり、主体性がないということです。主体性がないなら、憲法も存在できません。
つまり日本国憲法というのは、名前こそ「憲法」だけれども、
実態は、
「占領下の日本人の占領統治服務規程」でしかないということです。
ですから「占領服務規程」と読めば、冒頭の「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持」も納得です。
「平和を愛する諸国民の公正と信義」というのは、「占領軍を信頼して」という意味です。
「国際社会において名誉ある地位」を得たい」というのは、占領統治下から一日も早く抜けだして、独立した主権を回復したいという意味です。
問題は、その「占領統治服務規程」の枠内に、いまだに日本はあるという点です。
行政も司法も、立法府も、すべてその「占領統治服務規程」の枠内にあります。
つまり戦後政治は、日本国憲法という名の「占領統治服務規程」の枠内にあるわけです。
ということは、司法、立法、行政の力では、いまのフレームは「変えられない」ということです。
なぜなら、フレームの枠内にあるものには、フレームそのものを変えることができないからです。
それができるのは、日本国民の力だけです。
つまり日本国民が成長し、変わり、国民の側がいまの憲法、つまり「占領統治服務規程」を乗り越えていかなければ、日本は変わらないし、日本を取り戻すことなどできない、ということです。
すべての鍵は、国民が握っているのです。
取り戻すべき日本の形は明白です。
天皇を中心とし、天皇を国家元首として、すべての日本の領土領民が天皇の「おおみたから」とし、その天皇によって親任された政治家が、おおみたからである臣民が豊かに生活できるように活動する。
そういう日本の上古の昔からある体制を取り戻すことです。
教育が変わらなければ、政治家が変わらなければというのは、私は、甘えであり依存であると思います。
そうではなく、私たち自身が変わることです。
幸い、「占領統治服務規程」も、言論の自由は認められています。
そして、何が正しいのかを判断できる教養と民度の高さを、日本人はちゃんと持っています。
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