
1: 第13艦隊◆IpxlQ2BXrcdb 投稿日:2016/04/09(土)10:33:55
*このスレは、オリジナル記事です。
戦後直後の日本人少年と、東北大震災の時の日本人少年の写真です。
この二つの写真を見て、まだまだ日本は大丈夫だと感じました。皆さんはどう感じましたか?
①オダネル氏の撮った一枚の写真
②気仙沼の被災地のがれきの中を歩く少年の写真(写真は共同)
①■厳しい時代に苦闘と気概の物語(4月7日付け)
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-2974.html#more
終戦直後、米海軍カメラマンのジョー・オダネル氏(今年8月、85歳で死去)の心を揺さぶったのも、靴磨きの少年と似た年回りの「焼き場の少年」であった。
原爆が投下された長崎市の浦上川周辺の焼き場で、少年は亡くなった弟を背負い、直立不動で火葬の順番を待っている。
素足が痛々しい。
オダネル氏はその姿を1995年刊行の写真集「トランクの中の日本」(小学館発行)でこう回想している。
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焼き場に10歳くらいの少年がやってきた。
小さな体はやせ細り、ぼろぼろの服を着てはだしだった。
少年の背中には2歳にもならない幼い男の子がくくりつけられていた。
(略)
少年は焼き場のふちまで進むとそこで立ち止まる。
わき上がる熱風にも動じない。
係員は背中の幼児を下ろし、足下の燃えさかる火の上に乗せた。
(略)
私は彼から目をそらすことができなかった。
少年は気を付けの姿勢で、じっと前を見つづけた。
私はカメラのファインダーを通して涙も出ないほどの悲しみに打ちひしがれた顔を見守った。
私は彼の肩を抱いてやりたかった。
しかし声をかけることもできないまま、ただもう一度シャッターを切った。
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②■絶対に負けない
http://quasimoto.exblog.jp/17536783/
そんな弱りかけた気持ちに、ビシッとムチを入れてくれたものがあります。
それは、雑誌に掲載されていた一枚の写真でした。イタリアにお住まいの作家の塩野七生さんが、
現地の週刊誌に載っていたと紹介している写真でした。
気仙沼の被災地のがれきの中を歩く少年は、避難所で支給されたものでしょうか?
袖丈の余るジャンパーにピンク色の長靴をはいています。両手には一本ずつ、
焼酎の大型プラスチックボトルを握っています。彼は、給水所で水をもらった帰りなのです。
その水を待っているのは幼い妹でしょうか?
年老いた祖父母なのでしょうか?
私の目をくぎ付けにしたのは、うつむき加減の少年のキリリと結ばれた口元でした。
左足を一歩踏み出した少年は、全身で私に訴えかけてきます。
「負けない。絶対に負けない…」
私は、その少年の写真をB5版のサイズにしてもらいました。映画の台本の大きさです。
「あなたへ」の台本の裏表紙にその写真を貼りつけた時、胸の奥からほとばしった熱情。クランクインは、数日後に迫っていました。
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